今回は『人工知能を超える人間の強みとは』という書籍を紹介したい。
今後テクノロジーが発展していく中で、教育、ビジネス、生活は大きく変化する。
そんな社会の中で、コンピュータでは真似できない人間ならではの価値を掘り下げていくのが、本書の見どころだ。
豊富な学術的引用にもとづいて説明する本書を、以下のような人に紹介したい。
- 将来人工知能に仕事を奪われないか心配がある
- 未来に備える教育について考えたい
- 人間とコンピュータが共存するための役割分担に興味がある
- 人間ならではの能力やその高め方に興味がある
目次
章立て
- 第一章 人工知能は必ずしも万能ではない
- 第二章 人間の強みは『直観』にある
- 第三章 直観的思考とアルゴリズム的思考はどう違うのか
- 第四章 直観を高める6つの認知科学的トレーニング法
- 第五章 直観を高める8つのコツ
- 第六章 人間だからこそできることとは
- 第七章 人工知能時代の教育と生き方を模索する
- 第八章 直観 vs. 人工知能の先にあるもの
著者の奈良潤氏について
本書では以下のような説明があった。
意思決定学者 。教育コンサルタント 。東京都出身 。高校卒業後 、渡米 。2010年 、カペラ大学大学院にて Ph.D.(教育学博士号 )を取得 。同年 、オックスフォ ード大学にて生涯教育講座を修了 。専門は 、現場主義意思決定 (NDM )理論 、マクロ認知 。 NDM理論の創始者である認知心理学者ゲイリ ー ・クライン博士に師事し 、直接指導を受けている唯一の日本人研究者である 。
クライン博士は人間の直観を肯定し、人間の能力開発の研究などを行なってきた人物だ。
奈良氏も、直観を研究する第一人者である。
直観とはなにか
特に本書では、仕事の現場などでエキスパートが経験に基づいて素早く最適な判断を下すような場面を、直観が活用された、と捉えている。
また、直観の説明について以下のようにあった。
「直観 」とは 、推理や論理を用いず、すでに習得している知識や技能、経験を通して瞬時に物事を判断する 、または 、物事の本質をとらえる人間特有の能力のことをいう。つまり、人は学習や訓練、経験を積み重ねることで直観が生じるようになる 。
同じ読みをする『直感』がややスピリチュアルなニュアンスがあるのに対して、『直観』の方が検証可能性が高い概念となる。
僕も10年以上IT業界で働く中で、色々な直観を身につけてきた。
- バグの雰囲気で問題箇所を想像する
- プロジェクトの破綻を予見する
- 仕様が膨らみそうなポイントに先手を打って交渉する
これらは人間ならではの能力だと思う。
もちろんジャンルを限定して機械学習などをさせれば、人工知能によって未来予測することは可能だろう。
しかし、『この問題については、このアルゴリズムで学習させよう』というのを判断するのは、当面は人間(エキスパート)の仕事である。
人工知能と人間
人間はトレーニングを重ねる中で直観を磨き、人間ならではの、柔軟かつ的確な判断を下せるようになる。
本書では、この『直観』が人工知能に対する、人間の優位性だとされている。
また、人工知能が人間と同等の柔軟性と精度を再現できない理由に、『フレーム問題』『身体性』の2点が紹介されていた。
フレーム問題
ロボットがある目的を遂行する際に、『なにが関係し、なにが関係しないか』を判断することができない、という問題だ。
ここで簡単な例を挙げてみる。
あるロボットが公園で、遠くに落ちているサッカーボールを拾いにいった。
しかしロボットは、途中にあった石につまずいて転んだ。
こういったリスクに対策するため、ロボットは慎重なプログラムを自己開発した。
次にサッカーボールを拾いにいったとき、ロボットは以下のようなリスクを計算しはじめた。
『空から隕石が落ちてきたらどうしよう』『子供が後ろから体当たりしてきたらどうしよう』『地雷が埋まっていたらどうしよう』こうしてロボットは、あらゆる非現実的なリスクを想像し、オーバーヒートして故障した。
つまり人工知能には、『現実的に考慮すべき対象を、どの枠で限定すべきかを判断できない』というジレンマがあるということだ。
身体性
人間が様々な判断を下している背景には、根底には自分や他人の命や幸福を守るという目的がある。
つまり、物理的な人体があるからこその人間であり、そこを仮想化したロボットでは、完全な意思決定ができない、という問題だ。
ここでひとつ例題を。
・タローくんはロボくんを連れて海水浴にきた
・タロー「暑い日が続いたから、海、気持ちよさそうだね」
・ロボ「ソウデスネ」(プログラミングされてるから賛成するけど、本当は錆びるから嫌だ。気温とかも関係ないし。というか、気持ちいいってなに?)
・タロー「海に入るよー」
・ロボ「ワカリマシタ」(命令に逆らえないし)
こうしてロボは海に入って故障した。
普通の人間なら、自分が破滅するような選択を避けようとするし、もし、他人を破滅させるような命令をされても、断ることができる。
しかしロボットは、身体性の前提が人間と違うために重要なミスをしてしまう可能性がある。
当面はこういった問題があることを踏まえたうえで、機械やAIに任せられる仕事と、そうでない仕事を分けて考える必要がある。また、柔軟な判断が必要なケースにこそ、人間ならではの優位性を見いだせる。
教育と仕事
本書には以下のように書かれている。
今後、人工知能を含めたテクノロジ ーは、私たちの教育のあらゆる側面を変革していく可能性が極めて高い。いや、むしろ世界的な視点からみて、テクノロジ ーによる教育改革はすでに始まっている。
これまでは教育や知識のエキスパートであった教師が、様々な面で生徒を導いてきた。
しかし、今後はテクノロジーが発展していき、生徒自身が多くの情報にアクセスし、選別して、問題解決に当たる必要が出てくるというのだ。
つまり、データの保存や計算は機械にまかせるという前提に立ち、『いかに情報を選別し、処理させるか』が必要になるということだ。
そこで重要なのは、『目的』や『価値』になってくる。
これまで教育の中心となってきた知識や法則の習得は、それ自体では道具や手段にしかならない。
そのため今後は、
- 自分にとっての幸福とはなにか
- 人間にとって価値が高い選択はどれか
- なにを大きな目標とすべきか
を考えることが必要であり、それが人間にしかできない仕事となる。
例えばレストランなら、お客さんごとに満足度の高いお勧めのメニューを提案するのが人間ならではの仕事で、調理や配膳は自動化できる余地が大きい、と考えることができるだろう。
6つのトレーニング法
本書では、主にクライン博士が考案した、6つの直観トレーニング法が紹介されていた。
特にビジネスなどで実用的だと思えるものを下記したい。
再認主導意思決定理論モデルにもとづくOJT(On the job training)
不測の事態に対応できる直観を身に付ける方法だ。
おおまかには以下のようなプロセスになる。
- 第1段階 ごく初歩的な業務フローを練習する
- 第2段階 実務を想定した、イレギュラーを含むやや複雑なトレーニングをする
- 第3段階 トラブルやハプニングを想定した実地訓練を行う
このステップで業務のトレーニングをすることで、基礎能力を身に付けつつ、トラブルにも対応できるようになる。
この方法は、スポーツやビジネスの場で広く活用されている。
発見型マネジメント法(Discovery management method)
新規事業の推進に応用できそうなメソッドだった。
おおまかには以下のようなプロセスとなる。
- 第1段階 リーダーがおおまかな目標を提示する
- 第2段階 メンバーは、自分なりに解釈して、やることや直近の行動を決める
- 第3段階 定期的にミーティングし、そもそも『なにを目指すか』を議論していく
こういったステップを踏むことで、目標を軌道修正しながら、そのチームで生み出せる最大の価値に着目することができる。
死亡前死因分析法(Pre Mortem method)
こちらも、リスクのある世界で成功するために役立ちそうだ。
おおまかには以下のようなプロセスになる。
- 第1段階 リーダーはメンバーに、未来計画を作ってもらう
- 第2段階 その計画が失敗するのを前提として、失敗する理由を洗い出す
- 第3段階 失敗に対する方策を検討する
この方法を使うと、仲間内で生まれやすい、根拠のない希望的観測を打破できる。
また、これとは真逆の発想で、『生存理由分析法(Pro Mortem method)』というものも紹介されていた。
まとめ
『ロボットと共存する』という時代に、片足を突っ込みはじめているのが現代なのかも知れない。
今後ますますロボットなどが活用されていく中で、それを使う人間の価値創造に着目した考え方は、重要になってくると思う。
もし興味があれば一読を。
最近では僕自身もサービスの開発者として、AI的なものを扱う場面が出てきた。
たとえば最近、Pepperの導入提案について考えることがあったのだが、そのときも、『ここまでは人間の仕事で、ここまでは自動にしよう』『さすがにここまでロボットにやらせると問題がありそうだな』などと、色々なことを考えさせられた。