イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 53
そのころ大島は自宅にいた。
家族と夕食をとったあと、小遣いを欲しいという娘の話に付き合った。スノーボードをはじめるのだと言う娘に、父親らしいことをいくらか言って、自室へ行った。
ノートPCを立ち上げて、資料の整理や契約書類の確認をはじめた。
『J案件』用の社内チャットに入ると、気になるコメントがあった。昼間のやりとりだった。
《加藤》SNSとか掲示板で、事故のこと、結構叩かれてますね。主にクレーム対応チーム宛に共有しておきます。
《加藤》http:xxxxxxxxxx
《加藤》http:yyyyyyyyyy
《緑川》うわー。ありがとうございます
《加藤》twitterはハッシュタグができてるし、某掲示板でも結構やられてます
《藤野》参考にします。目立つ動きがあったら、また教えてください
そんな内容だった。
大島はリンク先を辿った。
『OCOヤバイww カード情報も続けてお漏らし』
『開発は、GRシステムってとこ、入ってるらしいで』
『どうせMegaカード撒いて終わりなんだろ』
『なにが面倒かって言うとカード番号変えなきゃいけないこと』
『古いサービスだからセキュリティがザルだったんだねえ』
OCO自体がネット主体のビジネスであるだけに、火消しも大変そうだった。
いつもは傍観していたネット・コミュニティが、突然襲いかかってきたような気分だった。
そんなとき、スマートフォンの着信音が鳴った。
浦谷からだった。
「はい、お世話になります。大島でございます」
「どうも、夜分に恐れ入ります。浦谷です」
「いったい、どうされました?」
「ええ。あさってにお願いしている、報告会のことなんですが」
「はい」
「実は、ひとつお願いしたいことがありまして。――現在、まだユーザーに対する補償を明確にできておらず、各所でウチの評判が落ち続けているわけですよね」
「は、はい。申し訳ない」
「そこでですね。ウチとしても、早く補償についてはっきりさせたいんですよ――」
浦谷の話は、以下のようなものだった。
今後、ユーザー対応の遅れから、営業利益の影響や、訴訟リスクが高まってくる。
そこでの損失の大部分は、GRシステムが担うことになる。
Megaカードの配布費用、ならびに諸経費ついて、GRシステムに補償して欲しい。
2月17日の日曜日に開催される事故報告会で、責任を認めて支払いを行う、という覚書に捺印して欲しい。
これにより、DNプランニングとしても次の行動に移れる。
その結果、GRシステム側の負担が減ることになる。
大島はなんとも言えなかった。
浦谷としての思惑があるだろうが、正面から否定できる気はしなかった。
対応が遅れることで様々な悪影響があるのは事実だ。
報告会の席で、補償の問題を追及されることは覚悟していた。しかし、事前に電話をかけてくるとは思っていなかった。
浦谷は続けた。
「覚書の見本は、先にメールしておきますので、当日は社印をご持参願います」
「ま、まずは考えさせてください」
「大島さん」
「はい……」
「時間をかけても、事態は悪化するだけですよ。私は、お互いのためになるご提案を、させて頂いているだけです。よく、お考えになってください」
そうして、電話が切れた。
どことなく、浦谷は焦っていた。
(いや、あちこちから叩かれてる、こんな状況なら焦りもするか。しかし、どうすればいいんだ。全額を補償するような余裕、ウチにはないだろ……)