イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 48
由加里の誕生日は10月21日だった。
矢口は生まれてはじめて女性への贈り物を買いにいった。
由加里のことを想うと、気持ちが安らいだ。
由加里には女性としての魅力もありながら、同時に、実の姉か母親のような親しみがあった。
矢口はそれを、永遠のものにしたかった。
女性向けのアクセサリーを買う場所といえば、矢口の脳内では109が浮かんだ。しかし、出入りする女子高生たちに通報される気分がしてあきらめた。
次に矢口は、裏通りにあるジュエリーショップに入ることにした。
奥からは、ベージュ色のスーツを着たマダムが出てきた。
「いらっしゃいませ。もう夕方は、冷えるようになってきましたね」
「は、はあ。そうですね……」
そう言いながら、矢口はきらびやかなショーケースを眺めていた。
「ところで、本日は、プレゼントをお選びですか?」
「はい。誕生日の……」
「素敵ですね。彼女さん用、ということですか?」
「は、はあ。そんなところ、です」
「なるほど、ところで、お相手は、どんな方なんでしょうか?」
「ええ。年上なんですが。30代前半でして。しっかりした、真面目な人です。好きな色はピンクと藍色。誕生日は10月21日。趣味はヨガと……」
すると、店員は驚いた表情をした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。いま、用意しますので。しかし、お相手のこと、色々ご存知なんですね。素敵ですわ」
1時間後、矢口は例のペンダントを買って店を出た。
小さな取っ手のついた紙バッグには、店のロゴが入っていた。
4日後の誕生日に、矢口は由加里にプレゼントを渡した。
ビルの外で由加里が出てくるのを待っている間、矢口は熱に浮かされていた。
そうして渡したプレゼントが、まさか翌日になって、突き返されるとは思っていなかった。
『いつか、本当に贈るべき人に、渡してあげて』
それが答えだった。
矢口はペンダントをポケットに入れて、とぼとぼと人混みを歩いた。
呆れるほどの人の多さに、怒りを覚えた。
すべてが苛立たしかった。
ポケットの中のペンダントを強く握りしめて、独り言をつぶやいた。
(いつか、俺に恥をかかせたことを、後悔させてやる。許せねーよ。彼氏フリーなんだったら、付き合えばいいじゃねーか。なんでダメなんだよなんでダメなんだよ!)
そのとき、駅前で誰かとぶつかった。
ライオンみたいな髪型の、ピアスだらけの若者だった。丈の短いスカジャンを着ていた。
「待てやコラ」
と、そいつは迫ってきた。
間近まできたとき、そいつの口が臭かったため、矢口は顔をしかめた。
すると、腹が爆発した。
いや、どうやら腹を殴られたようだった。
矢口は腹を抑えて体を折った。
「目つきがキモッ」そう言って、口の臭いライオンは去っていった。
矢口はよたよたと腹を抱えながら、よだれを垂らし、道の脇へと歩いていった。迷惑そうな人々の視線の中、うずくまった。
体が冷たかった。腹が重くけいれんしていた。
涙と鼻水が出てきた。
(許せねーよ! チクショー後悔させてやるよ……)
こうして矢口は、『その時』を待つようになった。
由加里が困惑しきってしまうような、最悪の事態が起これば、多少は気が晴れるだろう。
それも、自分の手を汚さないやり方が1番だ。犬か蛇に突然噛みつかれるような、悪運じみたトラブルが……。
それからおよそ2ヶ月後。
期せずして、そのチャンスがやってきた。