イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 45
由加里はクレーム対応チームの席に戻った。
チームで対応すべき問い合わせは少なくなっていた。
外部のコールセンターから回ってきた電話と、直接DNプランニングにきた電話だけだ。
由加里が近づいていくと、小笠原は電話対応中だったが、手の空いていた緑川が話しかけてきた。
「あ、先輩! オリモトさん、どうでしたか?」
そのときまで由加里は、オリモトのことを忘れていた。矢口のことで頭がいっぱいだったのだ。
「え、ああ、オリモトさんね。岩倉さんが協力してくれて、まずは一段落ね……」
「先輩、顔色悪いですよ。よほど疲れたんですね」
「そうね。実はオリモトさんの件よりも、大きなことがあって……。ごめんね。ちょっと、会社に戻ろうと思うの。あとで、きちんと説明するから」
「わ、わかりました。あとは、オガさんとやりますんで、どうぞ帰ってください」
「ありがと」
そう言って、由加里は荷物を持ってオフィスを出た。
佐川はGRシステムのオフィスを出て、矢口を追いかけた。
このまま辞めさせるのはいけない、と思った。まるで自分が矢口を追い出したようで、目覚めが悪そうだ。
それに、矢口の考えていることがわからなかった。どうにも近頃の矢口の言動が、奇妙に思えた。
佐川はエレベーターを1階で降りて、外へ出た。
屋外はまだ明るかった。
向かいのコンビニは混雑し、通りには車が連なっていた。
土地柄のせいか、歩道をゆくのは会社員風の人がほとんどだ。
佐川はあたりを見回し、矢口の姿を探した。
駅方面に方向に、それらしき人影が見えた。
佐川は人混みをぬって、小走りに迫っていった。すぐに息が上がった。
背後まできたところで、声をかけた。
「待って、矢口くん」
矢口は足を止め、ちらりと振り向いた。
「……普段から運動しとけば、スタミナつきますよ」
「悪かったな、運動不足で」
「で、なんですか。佐川さんから金でも借りてましたっけ」
「言いたいことがある」
「早く帰りたいんですけど」
「きちんと、話をしたい」
「電車きますんで」
「僕は、失礼なことを言ったと思う……」
「あ、机はもう、あらかた片付いてるんで。PCは、フォーマットなりしちゃってください」
「加藤くんの話も、考えてみたんだ。それで、僕は思った。やっぱり、きちんと、話をさせてもらうべきだと……」
矢口は黙り込んだ。
スーツ姿の中年が、迷惑そうな顔で通り過ぎていった。
往来で立ち話をしていたのだから、邪魔になるのも当然だ。
矢口は首をひねった。
「俺がアタックしたと思ってるんでしょ。いいですよ、別に。信用されようとなんて、思ってないんで」
「僕は、信じる」
「無理しなくていいですよ」
「いや、僕が悪かった。矢口くんに、辛い思いをさせちゃったと思う。さっきなんて、みんなで取り囲んで……」
「なにが言いたいんですか? そもそも、俺、どっちにしても、近々辞めようと思ってたんで。――本当は、助かったんですよ。いい感じでハブる雰囲気になってくれたんで。お陰で、踏ん切りつきました」
と、矢口はにやりと笑った。
佐川は尋ねた。
「え、どういうこと?」
「うちの会社、いや、GRシステムさん、もう潰れるでしょ。早く、佐川さんも逃げた方がいいですよ。賠償金を払ったら、ペシャンコですよ。てか、払いきれないでしょうけど……。さて、俺、もう行きますね」
そう言って、矢口は背中を向けて歩きだした。
「ちょっと、待ってくれって」
佐川はついていった。
10分ほどで、駅の近くまできてしまった。
――そのときのことだ。
駅の手前で、矢口は突然立ち止まって、舌打ちをした。
佐川は矢口の視線の先を見た。
人混みの中、由加里が向かってきていた。