イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 43
「わたくし、藤野の上司の、岩倉と申します」
そう言って岩倉は、オリモトに頭を下げた。
由加里は驚いた。
なにをしにやってきたのだろう。
助けにきたとでもいうのか。
岩倉は頭を上げた。
「藤野の対応に不備がございまして、お気分を害されたように見受けられます。大変、申し訳ございませんでした」
そう言って、また岩倉は頭を下げた。
オリモトは言った。
「な、なんだよ、アンタは!」
「はい。突然の入室、失礼いたしました。わたくし、オールチケットオンラインの運営責任者、岩倉と申します」
岩倉はオリモトの脇へ歩いていき、名刺を取り出し、手渡した。
「どうぞ、よろしくお願いいたします。……当社として、責任を持った対応をするため、わたくしも同席させていただきたく存じます。よろしいでしょうか」
「ああ、わかったよ。好きにしてくれよ」
「それでは……」
岩倉は由加里のとなりのソファに移動した。
由加里は岩倉に、慎重かつ手短にオリモトの主張を伝えた。
「そんなわけで、オリモト様は、故障したパソコンの補償をお求めでいらっしゃいます。また、集団訴訟の発起もご検討されていらっしゃいます」
実のところ、『本当にあるかもわからない、パソコンの代金をせびろうとしています』と言いたかった。とはいえ、オリモトの手前、そんなことは言えなかった。
岩倉はうなずいてから、オリモトへ言った。
「オリモト様。それでは、パソコンはまだ利用できない状態、ということですね」
「だからそう言ってるだろ!」
「申し訳ございません。お怒りもごもっともです。また、さぞご不安だったことと、心情お察しいたします。……パソコンが使えず、ご不便を強いられていらっしゃる訳ですね」
「まあな。そうだよ。たまったもんじゃねえよ」
「承知いたしました。それでしたら、パソコンの復旧に協力させていただきたく思います。ご迷惑でなければ、弊社より、セットアップのサポートを行える業者を手配させていただきます」
「え、ああ……」
「ご希望でしたら、データのサルベージも手配いたします。業務用の、成功率の高いサービスを手配いたしますので、試す価値はあろうかと存じます。いかがでしょうか? もちろん、弊社にて費用負担いたします」
「ごちゃごちゃうるせえな! そういうのは、こっちで勝手に考えるから、ほっとけよ」
「左様でございますか。失礼いたしました」
「細かいことはいいからさ。集団訴訟が嫌なら、パソコン代を補償しろって言ってんの」
「訴えをされるかどうかは、お客様のお考え次第です。お客様の信頼を損なう事故を起こした以上、慎んで、責任をとらせていただきます。――もちろん、まずはオリモト様のパソコンの件について、誠意を持って当たらせていただく所存です」
「そ、そうか……」
「よろしければ、そのパソコンとソフトについて、どういった仕様のものか、お聞かせ願いますでしょうか」
岩倉はそんな様子で対応を続けた。
やがて冷静さを取り戻したオリモトは、うんざりしたように言った。
「わかった。わかったって! あとで調べて伝えるよ。あとはその、修理の手伝いとかも、考えとくから」
「ありがとうございます」
オリモトは毒気が抜けたように、ソファに背をもたれた。
やがてぼそりと、「また、連絡するよ」そうつぶやいて、立ち上がった。
由加里も急いで立ち上がり、ドアに向かった。
岩倉はオリモトをエレベーターへと案内した。
由加里はそのあとを追った。
エレベーターに乗り込むとき、オリモトは岩倉へ、静かな口調で言った。
「いままで、いろんなクレー厶つけてきたけど。アンタみたいな、親身な人、いなかったよ。なんか、馬鹿らしくなってきた。……そんな感じです」
岩倉は答えた。
「恐れ入ります」
エレベーターの扉が閉まるまで、由加里と岩倉は頭を下げた。
オリモトがその後、どんな態度をとるかはわからなかったが、まずは乗り切ったと言えた。
岩倉が信じられないことを言ったのは、このあとのことだ。
それから、思い出したように言った。