イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 38
2月15日の朝9時過ぎ。
由加里はGRシステムのミーティングルームにいた。
事故対策チー厶の面々が――技術の佐川、営業の仁科をはじめ、8人が同席していた。
由加里は彼らと重要事項を共有した。
カード情報漏洩について10時に告知開始すること。
漏洩対象者には、すでに個別連絡してあること。
コールセンターでの1次対応がはじまること。
DNプランニングに直接かかってくる電話にも引き続き対応すること。
Megaカード配布については、まだ告知が保留されていること。
ミーティングが終わったあと、由加里は緑川と小笠原を連れて、DNプランニングに移動した。
DNプランニングのオフィスに入ると、すぐに岩倉に呼び出された。
オフィスに射し込む光は鋭かった。目を細めながら、由加里は岩倉の席へと歩いた。
「あのですね。そろそろ、報告会をやって欲しいと思っているんですよ」
と、岩倉は言った。
「はい……。報告会ですか」
「そうです。次から次に事故があって、我々としては、まったく困惑しているわけですが」
「申し訳ありません」
「そんなわけで、あさって――17日の日曜日の夕方に、セッティングしようと思っています。いいですね? それまでに、事故の経緯など、きちんと整理しておいてください」
「わかりました」
「それでは、引き続き頼みますよ。くれぐれも、お客様は不安で、ナーバスになられてること、忘れないでくださいね。どうも、藤野さん含めて、おたくらの対応は、親切さがないというか……。もっと柔軟さが欲しいと言うか。わかりますか?」
「はい。注意いたします」
まだ岩倉は言い足りないようだったが、やがて口を閉じた。
由加里はクレーム対応チームの席に戻った。
すでに緑川と小笠原は、パソコンを立ち上げて、電話対応の用意を進めていた。
緑川は由加里の姿に気づくと、立ち上がって近づいてきた。
「どうでした? 先輩」
「ええ。あさってに、報告会を開いて欲しいって」
「そうですか。DNさんも、1度、状況を整理されたいってことですね。……それはそうと、今日、きはりますね」
と緑川が言うのは、オリモトのことだ。
「ええ。昼過ぎってことだけど。なんとかしないとね」
「できそうなことがあれば、言ってくださいね。わたし、前職で対面のクレーム対応もやってきましたから」
緑川はそう言って、誇らしく胸を叩いた。
「ありがと……。なんとか、おおごとにならないように、納得してもらうわね」
「ホント、そうですね。なんとか、丸くおさまるといいですね」
「ええ。悪質クレーマーなんかには、負けないから……」
すると、緑川は怪訝そうな表情をした。
「先輩、それ言うたら、よくないですよ……。悪質クレーマーって」
由加里は思わず口を滑らせたのだ。会社を守らなければ。オリモトに対抗しなければ。そんな気持ちが強すぎて。
「あのね、わたしが体張って、やってるんだけど」
と、由加里は言い返した。
ごめんなさい、と言えなかった。
緑川は悲しそうな表情をした。
そのとき、オフィスの電話が鳴り、DNプランニングの社員が受けた。
その社員は電話を保留にして、由加里たちに言った。
「情報漏洩の件です。お願いします」