イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 28
10時前。
由加里はDNプランニングのオフィスに着いた。
緑川と小笠原も一緒だ。
3人は岩倉の席までいって、あいさつをした。
岩倉は言った。
「さて今日も、お願いしますよ。まだまだかかってくると思いますから」
由加里は答えた。
「承知しました。よろしくお願いします」
「とにかくなんとかお願いします。僕は僕でもう、対応が山積みなんですから。まったく。溜まったもんじゃないですよ」
由加里は頭を下げた。
「申し訳ございません……」
それから由加里たちは、クレーム受付用の席に向かった。
「やりましょか、先輩!」
と、緑川はいつもの調子で拳を突き出した。
小笠原は腰を押さえて言った。
「さすがに連日は、腰にきますね。サロンパスの予備を、一応持ってきましたが……」
「なんや、おじいちゃんみたいですねぇ」
と、緑川が冷やかした。
「はい、まあ、おじいちゃんみたいなもんですよ」
そんなふうにおどけながら、2人は席に座った。――それくらいでないと、精神がもたないということもあった。
由加里は彼らの後ろに座り、はじめはサポート役になった。
社内のチャットから、ときおりメッセージが入った。
《加藤》J案件にて、またアタックあり。対応します
《佐川》了解
そんな中、緑川と小笠原は電話対応をはじめた。
2日目になって多少は落ち着いてきたものの、電話は続けてかかっていた。
11時40分を過ぎたころ、由加里の携帯電話が震えた。
画面には『オリモト』と表示された。
昨日から対応していた顧客だ。
「お電話ありがとうございます。わたくし、オールチケットオンラインの、藤野……」
「もしもし、オリモトです」
記憶にある通りの、低い声だった。
「オリモト様、昨日はどうも、お電話ありがとうございました。並びに、このたびはご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「うん。で、パソコンだけど、ダメなんだわ」
「ダメ、とおっしゃいますと」
「再インストールできねえんだよ! 壊れちゃったの!」
「そ、それは残念なことでした……」
「残念なことでした、じゃないから。どうするのこれ。そもそも、おたくが事故を起こしたから、こうなってるんだけど。わかってる? パソコンね、80万円もしたんだけど」
オリモトの苦情は続いた。
由加里は動悸をこらえながら、対応を続けた。
それでもオリモトの怒りはおさまらないようだった。
「全額補償してくれないなら、訴えるからな! 集団訴訟。参加したことあるんだよ、俺そういうの」
「申し訳ございません」
「謝んなくていいから、誠意見せろよ。……とにかく、やることやらしてもらうからな」
そう言って、オリモトは電話を切った。
由加里は深いため息をついた。
緑川が振り返ってきて言った。
「大丈夫ですか?」
由加里はなんと答えていいかわからなかった。少なくとも、大丈夫ではなかった。
個別の裁判や賠償金が発生したら、どんどん泥沼にはまっていく。
そんなとき、緑川の使っているノートパソコンに、チャットのメッセージが流れた。
由加里はそのメッセージを、見間違いかと思った。いや、思いたかった。
「緑川さん、ちょっとそれ……」
画面を指差す由加里につられて、緑川は振り返った。
緑川は小さな悲鳴を上げた。
「え、こ、これ。どないなってるんですか!」
《佐川》社員へ至急共有します;。J案件にてアタックによりカード
《佐川》カード情報が新たに窃取された可能性あり。引き続けき調査c中