イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 25
佐川は地下鉄を降りて地上に出た。
アパートまでは歩いて10分程度だ。
閑散とした住宅地ながら、途中に1軒のラーメン屋があった。
佐川は地元客で賑わうその店に入って、味噌ラーメンと餃子を頼んだ。ビールは止めておいた。
カウンターが10席強。テーブルが2つの店内には、色々な人間がいた。
テーブルには作業着の工員らしき4人組。
カウンターには、これから街中へ繰り出すらしき派手めの男女。外回りらしき営業マンの2人組。茶髪のとび職らしき若者。
佐川は彼らを、『実体のある人間たち』だと思った。
その一方で、ソフトウェア開発の仕事にはどうにも、リアリティがないと感じた。
産業として、または労働として、社会の役に立っている、という実感が持てない気がした。
佐川は頭上のテレビを観ながら麺とスープを胃に流し込み、店を出た。
アパートの部屋に戻り、風呂に入って深い眠りについた。夢は見なかった。
由加里は仁科と緑川を連れて、『フル・ムーン』というバーにきていた。
3人はカウンターの隅に座った。
由加里はテキーラ・サンライズと水を頼んだ。思考停止しているときは、いつもこれだ。
仁科はジン・トニック。緑川はメニューから適当に選んだスプモーニを注文した。
緑川はすぐに赤くなった。
由加里はナッツをかじりながら、微酔を味わった。
化粧や見た目はもう諦めていたが、とにかく頭が痒かった。
仁科は店のマスターと、客商売の難しさについて語っていた。やがて仁科はウイスキーを飲みはじめた。
夜9時半くらいなって、帰ることになった。
店を出るとき、緑川は眠ってしまっていた。
「緑川は、家の方向一緒なんで、自分が連れていきますよ」
仁科はそう言ったが、それは止めてもらった。間違いはよくあるものだ。
緑川のことは由加里が引き取ることにして、タクシーを拾った。
実のところ、誰かと一緒にいたかった。
大島はリビングで1人、缶ビールを開けた。アテは晩飯の麻婆豆腐だ。
妻と娘は眠っていた。
いや、娘の結菜は近頃、遅くまで起きている。どうせ部屋で友人とLINEをしたり、マンガでも読んでいるのだろう。
ビールを飲んでも酔えなかった。
電源の入っていないテレビが目に入った。
黒い画面に自分が映り込んでいた。
大島はふと考えた。
(なんで俺は、会社なんてはじめたんだっけ)
たしか、万人に認められる経営者になりたかったはずだ。それが夢だったか。
夢のためにはじめたはずなのに、やがて金に縛られるようになった。
会社を維持し社員を食わせるために。家族を食わせるために、金が必要だ。
その事実が苛立たしかった。
大島はビールを飲み干し、立ち上がった。シャワーを浴びて寝ることにした。