イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 15
由加里はたくさんの生徒に混じって、職員室の前の廊下へきた。中間テストの順位を見るために。
由加里の名前はすぐに見つかった。
学年1位だったからだ。
地元でもっとも偏差値の高い高校であるだけに、有名大学への進学も多かった。
そんな校内でトップクラスの学力を有している由加里は、噂になっていた。
『また藤野さん、調子よかったのね』『あの、陸上部の部長さんでしょ』『東大行くんじゃね』『え、誰それ』『あたしあの娘きらい』『なんかさ、藤野さんってね』『お母さん、いかにも教育ママなんだよね』『ガリ勉』『ちょっと、なに考えてるかわからないよね』『藤野さんって』
「……うるさい!」
由加里は大学の食堂の席で、うどん定食が載ったトレイを両手で叩いた。
騒々しい音が響いた。
みんなが白い目で見てきた。
大学でも、同級生たちになじめなかった。
どうすれば友人と、音楽やお笑いの話ができるのか、わからなかった。
どうすれば友人と、肩を叩きあって冗談を交わせるようになるのか、わからなかった。
親や親戚の期待に答え、望ましい道を歩んできたはずなのに、どこかで、裏道に迷い込んだようだった。
裏道は入り組んでいた。
由加里にとっては、同級生などは幼稚な羊の群れだった。
早く社会に出たかった。
「なに? 話って」
由加里は彼を見上げた。
就職して、やっとはじめてできた恋人は、証券会社に勤めていた。
ひたすら真面目に働く由加里は、仕事ばかり順調で、友人関係や恋愛関係は相変わらず苦手だった。そんな中で出会った彼を、由加里は愛した。
雨の日の夕方、車が続けざまに通り過ぎていった。
駅へ向かう通りには、会社員や帰宅する学生が往来していた。
由加里と彼は向かい合って、別々に傘をさしていた。
彼は言った。
『なんかさ、お前って、――――――』
最後の言葉が聞き取れなかった。
わたしが、なんなの?
わたしが、なにをしたの?
彼は残念そうな目で、こう言った。
『お前って、自分の意思がないよな』
由加里は言い返した。
「求められたことを精一杯やるのが、いけないことなの?」
気がつくと床には、巨大なステンドグラスが広がり、ほのかに光りたっていた。
ステンドグラスには、色とりどりの線を重ねて描かれた、幾何学の模様が広がっていた。
それは、天体の軌道を描いているようだった。
大きな花の線画のようでもあった。
由加里を守る結界のようでもあった。
あるいは、牢獄のようでもあった。
そのとき、ステンドグラスが揺れはじめた。
揺れは激しくなっていった。
ステンドグラスにひびが入り、世界が崩れ落ちた。
――目を覚ますと、明るくなっていた。
由加里は椅子に座ったまま、壁に寄りかかって眠っていた。
9時12分になっていた。
緑川と小笠原が電話に応対しているのが見えた。2人の背中は疲れ切っていた。
DNプランニングのオフィスには、出社してきた社員が席についていた。
そのとき、電話が鳴った。DNプランニングの女性社員が取った。
「お電話ありがとうございます。DNプランニングの……あ、はい。申し訳ございません。個人情報漏洩事故については、担当がおりますので、少々お待ち下さい」
女性社員は由加里たちの方へ視線を向けてきた。
由加里は立ち上がって、緑川の右側の席へと近づいた。
「こちらの、空いている席の電話、お借りしてよろしいでしょうか? すぐ、対応いたします」
「お願いします。4番でつながってます。クレームです」
「はい、わかりました」
由加里は席につき、受話器を取った。
「大変お待たせいたしました。お客様センター、藤野で……」
「どうなってるんですか、いったい!」
と、年配女性の金切り声が聞こえた。
その声を聞いて、藤野は完全に覚醒した。それが現実だった。