イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……
※本作はフィクションです
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vol. 05
由加里は営業部の仁科、斎藤の2人と打ち合わせをしていた。
仁科は第二新卒で入社してきた若手で、いかにも敏捷なスポーツマンといった風貌。
斎藤の方は、大手広告代理店から転職してきた中堅で、由加里と同年代だった。四角い顔に薄い癖っ毛。そこに大きな口と鼻が取り付けられているような顔だ。
「今回は、ごめんなさい」
由加里は椅子に座ったまま、深く頭を下げた。テーブルに頭を打ち付けんばかりに。
「なに言ってるんですか。頭、上げてくださいよ。別に藤野さんのせいじゃないんだから……。こうなったら、やるしかないっすよ」
と言ったのは仁科だ。
こんどは斎藤の重い声がした。
「なんでまた、そんな脆弱性を放置してたんですか?」
由加里は頭を下げたまま言った。
「すみません。わたしのせいです」
「シャレにならないですよね、今回はさすがに……」
そこで仁科の声がした。
「ちょっと、斎藤さん、いまそんなこと言ったって、しょうがないですよ」
「あのな、おまえ……」
と、斎藤は苛立った声を出した。
由加里は逡巡していた。
いったい、どうしたらいいのだろうか、と。
朝が来れば出勤してきた社員に協力を求められる。しかし、まだ日付も変わっていない。これほど遠い朝日があっただろうか。
いまは限られたメンバーで乗り切るしかない。
まずは進もう。
逃げ道はないのだから。
由加里は顔を上げて、憮然とした表情の斎藤へ言った。
「申し訳ありませんが、まずは問題に向き合いましょう。どうか、ご協力ください」
斎藤は顎を掻いていた。
仁科は真剣な眼差しで、由加里を見つめてきていた。
「仁科くんも、ありがとう。さあ、どうすべきか、考えましょう……。なにもかも、これからなんだから」
そうだ。まだまだやるべきことはたくさんある。
まずは顧客への報告。
もっと早くすべきだったが、今後のことを考えると、丸腰でぶつかるのも無謀な気がしていた。
それでも、顧客連絡を急がなければならないことに変わらない。
遅れれば遅れるほど、対応が後手にまわる。
「これからわたしは、顧客へ電話します。あなたたち2人には、これからのことを整理してもらいたいと思います。苦情処理の体制を作ったり、先方との契約書を見直したり。やることはたくさんあります。……というか、正直、なにをやるべきかもわからない状態ね」
仁科は言った。
「自分の方でまとめます。藤野さんは顧客対応に集中してください」
由加里の見る限り、仁科が誰よりも強かった。
背負う責任が軽いというのがあるだろうが、気質による部分が大きそうだ。
中学生の頃から空手をやっているせいか、根性が座っていた。短絡的な根性論は嫌いな由加里だが、やはり仁科の強靭さは認めざるを得なかった。
年がもっと近かったら、惹かれていたかも知れない。
そのとき、斎藤が言った。
「大変なことですよ、これは。ねえ、藤野さん」
「わかってます」
「こう言ってはなんですが、前職と比べると、ここはどうも、リスク管理が甘いと思ってたんですよ」
「……そうでしょうね」
そのとき、仁科が強い口調で言った。
「だったらね、斎藤さん。気がついたときに伝えてくれればよかったのに。もう、どうのこうの言うの、止めましょうよ」
仁科には、怒らせるとなにをしでかすかわからない怖さがあった。
さすがの斎藤も怯んだようだ。
仁科は言った。
「辛い立場でしょうが。……早く報告しましょう、藤野さん」
由加里はうなずいた。