ユング心理学入門(河合隼雄著)を熟読してみる - 648 blog
というわけで、「<心理療法>コレクションⅠ ユング心理学入門(河合隼雄著)」の「第五章 夢分析」を読んでみた。
本章で僕が理解したことを、可能な限り詳述したい。
夢分析の重要性
夢分析(夢診断、夢判断とも)はユング心理学の中核をなすものだ。
ここまでで説明してきた理論は、いわば夢分析をきちんと行うための予備知識とも言える。
夢というのは一般に、荒唐無稽で脈絡のないものだとされているが、しかし、夢に現れる心像や象徴は、心の状態を知るための大きな手がかりになるものだ。
世界各地には夢占いや夢の伝承があふれている
世界各地には土着の夢占いがあり、日本でも初夢に見ると縁起が良いされる事物について、「一富士、二鷹、三なすび」などと言われている。その他にも、「宝船の夢」なども吉兆とされている。
日本以外では、アボリジニやネイティブアメリカンが、夢のヴィジョンを神や精霊からのメッセージとして重視してきた事例がある。
その他、アメリカでは白猫の夢が縁起がいいとされたり、中国の殷周時代には国の重要事を決めるヒントに使われてきた。
このように人類は経験的に、夢の内容と現実世界の不思議な関連に着目し、夢に関する知識を緩やかに伝承してきた。
夢占い的なものがどんな国にも存在することを考えると、夢自体の法則性を掘り下げることは、人間を理解する上で有意義なことだと考えられる。
夢は現実と関連している
夢ではさまざまな情景が現れる。楽しいものもあれば、怖いものもある。現実的なものもあれば、非現実的なものもある。
どんな夢にしても無意味なものはなく、全ての夢は意識と無意識が相互に作用し、自己の統合や成長、またはコンプレックスの理解を促すために見せているものだ。
例えば本書では、以下のような夢の紹介がされていた。
ある女性の最初の夢
大きなホテルのような場所で連続殺人事件が発生する。主人公の女性は殺人が起きていることを知って、怖くなった。そこで女性は、同じ部屋に住んでいる男性に言った。「殺人を見なかったことにしましょう」。しかし、同居の男性はそれに反論し、自殺してしまう。
ある女性の次の夢
ある日電話に出ると、相手は「幽霊協会」という妙な組織の人間だった。彼は、『なぜ幽霊を信じないのか。幽霊新聞の最新号を読んでいないのか。尖った鉛筆があれば満足なのか』というようなことを言った。
分析
上記二つの夢は、現実の女性の状況を表していると言える。女性は理知的な人物で、普段は感情を押し殺している、気が強い人物だった。
はじめの夢については、『自分自身の感情を次々に殺してしまい、追い詰められつつある』という状況を表している。
また、次の夢については、『非現実的なことを信じないくせに、新聞などの客観的な第三者の意見には流される。また、非現実なことを思考(尖った鉛筆)で対処していく』という状況を表している。
このように、夢には意識と無意識の相互作用によって、さまざまな心像が現れる。また、心像の意味を分析することで、心の状態を知ることができる。
夢と発明
夢は直接的なヴィジョンをもたらすことがある。以下は、歴代の科学者や芸術家が夢より着想を得た例だ。
- タルティーニは夢の中で、悪魔が引いたバイオリンを思い出して、『悪魔のトリル』を作曲した
- スティーヴンスンは夢の中で、『ジキルとハイド』の話を見て、創作に役立てた
- ケクレは夢の中で、蛇が自分の尻尾に噛みつくのを見て、『ベンゼンリング』の考えを思いついた(蛇の環の心像はウロボロスと呼ばれる、古来より存在する心像)
このように、夢はときに高度な創造性をもたらす。
夢と具象性
夢には具象性があるため、抽象的なことが実際のできごととなって表出してくる。
- 正面から受け入れにくい忠告などは、電話での言葉として表現される
- コミュニケーションの問題が、キャッチボールなどのボール遊戯で表現される
こんな具合に、夢は抽象的なことを、具象化して表現する。
夢の具象化とコンプレックス
夢の中である概念が具象化されるとき、前述の電話やキャッチボール以外にも、さまざまな心像が現れてくる。
例えば心細さを象徴するとき、「寒がる鼠」「しぼんだ風船」「無人の廃屋」などの心像が夢の中に現れるかも知れない。
では、どういった基準で具象化対象となる心像が決められるのだろうか。なぜある夢では「寒がる鼠」が出てきて、「しぼんだ風船」が出てこないのだろう。
それは、コンプレックスが関係している。
ある夢を見ているとき、その日の印象的なできごとなどによって、特定のコンプレックスの動きが強まっていることになる。
その際、その特定のコンプレックスに強く紐付けられた概念の中から、心像が選び出され、夢の中に現れるのだ。
夢の役割
夢は心の状態に対して、さまざまな目的を持って現れる。
本書ではそんな夢の役割について、以下のように分類されている。
1.単純な補償
自分の足りない部分や、気づいていない部分を教えてくれる夢、またはその役割のこと。
例えば、以下のような夢が該当する。
- 自分の頭の良さをひけらかすような人が、大きな恥をかくような夢を見る
- 自信のまったくない人が、大きな舞台で活躍する夢を見る
2.展望的な夢(prospective dream)
将来の希望や方針を象徴するような夢、またはその役割のこと。
例えば、以下のような夢が該当する。
- 転職を考えている人が、海外留学をする夢を見る(思い切って行動してみよう、というヴィジョンを抱く)
- 恋人との子どもを授かる夢を見る(結婚というヴィジョンを抱く)(正夢の場合もあるが、ここではあくまで象徴としての夢)
3.逆補償(reductive or negatively compensating)
抑圧された感情に目を向けさせようとする夢、またはその役割のこと。
例えば、以下のような夢が該当する。
- 普段は仲良くしている肉親に対して、憎しみを抱くような夢を見る(本心に気づかせようとする)
- 大好きなはずの仕事について、ネガティブな感情を抱くような夢を見る(本当は辞めたがっていることを気づかせる)
4.無意識の心的過程の描写
病気などで意識の力が弱まっているときに見る、無意識の力が強く働いた夢、またはその役割のこと。特に神話的なモチーフが登場しやすい。
例えば、以下のような夢が該当する。
- 病気で不安な気持ちで寝ているときに、不快な暗闇に閉じ込められる夢を見る(不安や行き詰まり感を象徴的に見る)
- 統合失調症の人が、窓の外に自分の影が歩いている夢を見る(自己の統合性の不調を象徴的に見る)
- 自分の不治の病を知る運命にある人が、ブレーキの利かないトロッコで暴走する夢を見る(抗えない運命への予感を象徴的に見る)
5.予知夢(telepathic dream)
現実の事件などを事前に予知するような夢、またはその役割のこと。
例えば、以下のような夢が該当する。
- 偶然訪れることになる街角の光景を事前に夢で見る
- 肉親が事故に遭遇することを事前に夢で見る
なお、予知夢については、次のようなケースがあることに注意する。
- 幼い頃に実際に経験したことを既視感として知覚するケース
- 夢に影響されて意図的にその行動を起こしたことで、結果として正夢になるケース
- 無意識下で気づいた環境の変化が、夢で心像化するケース
などがある。
とはいえ、理屈では説明できない、本当の予知夢が存在することも事実である。
大事なのは、「無理に疑似科学などで説明しようとせず、不思議は不思議として受け止める」という姿勢だ。
6.反復夢(repetation dream)
現実のできごとが繰り返されるような夢、またはその役割のこと。
現実と微妙に差異があり、その差異に大きなヒントが隠されていることがある。
本書では、以下のようなストーリーが紹介されていた。
- ある女性は、現実のできごとの影響で、自分の娘を叱っている夢を見た
- なぜかある女性自身の父親が立っていた。父親は若かった(現実と違う点)
- よく考えてみると、自分が小さかったときに、かつて母親が同じように叱っていたことを思い出した
こういった反復夢を観察することで、自分がかつての母親と似た行為をしていることに気づけ、コンプレックスを解決することにつなげることができた、という話だ。
注意点
このように夢にはさまざまな役割があるが、無理にカテゴライズして決めつけないように注意する。
機械的に分析するのではなく、夢を見た人の感じ方を大切にする。
夢のストーリー
童話や神話のように、あるいは小説や映画のように、夢にはストーリーがある。
こういった夢のストーリーに注目することで、分析のヒントにすることができる。
また、夢のストーリー(段階)は、以下のように分類できる。
1.場面の提示
場所や登場人物が提示される。「山登りの最中、友人たちと三人」「倉庫の中で、知らない人とふたり」など。
2.発展
ストーリーが進み、事件が起きたりする。夢が深まっていく過程。「山小屋が見えてきた」「喧嘩がはじまった」など。
3.クライマックス
ストーリーの山場。もっとも印象的な極致となる。「山小屋に泊まって楽しく過ごした」「喧嘩に勝った」など。
4.結末(問題の解決)
一連の夢の終わり。これが無意識からのメッセージになっていることがある。「山小屋で過ごした仲間と友情を誓う」「喧嘩した相手を憎むようになる」など。
夢の終わり方に注意し、どんな意味があるのかを冷静に検討することが重要だ。
夢分析の注意点
起点を大事に
夢分析をする上で、ある心像を元に連想を広げていくのはいいが、連想の連想をしすぎないようにする。例えば、夢の中に「犬」が現れたとして、「犬小屋」について連想するのは問題ない。しかし、「犬小屋」から発展して「小屋」や「修理道具」などと広がっていくと、起点となる「犬」から離れすぎてしまう。
あくまでこの場合は、「犬」から直接連想されることを扱うようにする。
ユングとフロイトの違い
フロイトは夢をファサード(見かけの表層部分)として扱い、その背後にある欲望などを分析しようとした。
その一方、ユングは夢そのものを心像として分析の対象とした。
夢を記号化しない
夢に現れる情景や心像を、例えばライオンと父性を記号化して結びつけるのはよくない。
あくまで、夢を見た人にとってライオンとはなにを意味しているのかを重視するように気をつける。
夢分析の方法
夢分析に際しては、分析家が以下のようなことを参考にして行う。
拡充法(amplification)
夢の素材について、一般的なイメージや、神話や童話の例を出して、連想のイメージを膨らませる。
継列的に調べる
夢を個別に扱うのではなく、複数の夢を記録して、並べることで、心の変化などを継列的に観察する。
視点の分析
ある夢の中の人間関係を、「そのままの構図で解釈する=客体水準(objective level)」か、「心の状態が具象化されたものとして解釈する=主体水準(subjective level)」かを考える。
例えば、「犬と子どもが遊ぶ夢」を見たことにしよう。
この夢を、「夢の情景とおり、自分が犬と遊びたがっているのだろう」と解釈するなら客体水準となる。
一方、「心の中で、動物的な本能が理性によってコントロールされている」と解釈するならば、主体水準となる。
ある夢について分析する際は、客体水準と主体水準を両方適用すべき場合もあれば、片方を重視すべき場合もある。
いずれにしても、すぐに断定的な解釈をせず、夢の素材や心像についてじっくりと向き合うことが大事だ。
夢の中の死
死のモチーフが登場する夢は衝撃的だ。ここでは死、および再生のモチーフについて解説したい
肯定的な意味
死はそのまま受け止めるとショッキングなもので、ときに予知夢的に表れることがある。しかしその多くは、「終結と再開」「死と再生」のような、大きな転換を示している。死の夢の危険性も忘れてはならないが、場合によっては肯定的な意味があるのは事実だ。
ヌミノース
ドイツの神学者ルドルフ・オットーは、合理的に説明できない、超越的なものに対する感動を「ヌミノース」と呼んだ。例えば、富士山の山頂からはじめて朝日を観たときのような、畏怖と喜悦の混じった、なんともいえない感動を挙げることができるだろう。
宗教に対するユングの立場
夢に表れる心像を観察し、触れ合う中で、ヌミノースという言葉で表現すべき、深い感動や情動が訪れることがある。
そこでユングは、非合理性の中の感動を肯定する意味で、宗教的な考え方を受け入れていた。
元型「死と再生」
夢における死のモチーフについては、死と再生の元型が関わってくる。
人間は元来、死を恐れている。
そこで人間は、死の先に再生を考え、この世の循環構造を想定する傾向がある。
また、この点については、各地の神話や宗教において類型が見られる。
夜の海の航行
死と再生に関わるモチーフとして、「夜の海の航行」という元型がある。
これはネイティブ・アメリカンの神話から取り入れたものだ。
また、その神話の内容はこんなものだ。
太陽は東から昇り、一日の終わりに西の空に沈む。
沈むときに怪魚に食べられてしまい、そのまま東の地中に運ばれる。このサイクルが永遠に繰り返される。
このような神話を元に、ユングは夜の海の航行(夜の航行)という元型を定義した。
また、実際の夢の中でも、こういったモチーフがよく見られるようだ。
太陽は自我を意味し、海は無意識を、怪魚は母親や母胎を象徴しているとされる。
この「夜の海の航行」は、自我の成長と再生を意味すると同時に、輪廻転生の象徴でもある。
まとめ
今回はユング心理学入門(河合隼雄著)の「第五章 夢分析」を解説した。
ついに本丸の夢分析に到着したが、その重厚さになかなか難儀した。
理解してみると、改めて納得できることが多々あった。
夢分析についてはいつか、個別に掘り下げていきたいが……
それでは引き続き。
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