最近買った本に、感覚表現辞典(中村明著)というものがある。
日本の小説や漫画の中で使われている様々な感覚表現を、辞典として集めたものだ。
日頃書き物をする方や、文章表現に興味のある方にオススメだ。
一見当たり前に思われる描写が思いがけず輝いているのに気づかされたり、まさに名文、という描写に出会えたりする。
![]() 感覚表現辞典 [ 中村明(1935-) ]
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目次は以下のようになっている。
- 解説
- 光影
- 色彩
- 動き
- 状態
- 音声
- 音響
- 嗅覚
- 味覚
- 触感
- 痛痒
- 湿度
- 温度
- 感覚的把握
- 出典一覧
- あとがき
- 系統別 感覚描写一覧<表現索引>
今回は、光影、色彩、の中から気になったものを一部引用してみる。
光影
堀辰雄 恢復期
その閃光は溶岩と溶岩がぶつかって発するものだということを
村上春樹 プールサイド
光のあるものは水底にまで届き、あるものは反射して無機質な白色の壁に意味のない奇妙な文様を描いていた。
宮本輝 螢川
螢の大群は、滝壺の底に寂寞と舞う微生物の屍のように、はかりしれない沈黙と死臭を孕んで光の澱(おり)と化し、天空へ天空へと光彩をぼかしながら冷たい火の粉状になって舞いあがっていた。
林真理子 言わなきゃいいのに・・・
たまりにたまった仕事のことを案じながら見るビデオというのも格別の味で、寝る前には目がチカチカして怪しい光がとぶほど長い時間見る。
梶井基次郎 冬の日
圧しつけるような暗い建築の陰影、裸の並樹、疎らな街燈の透視図。
阿刀田高 ミッドナイト物語
街灯の淡い光を背にして影法師が二つ、白く凍てついた道路に長く映って揺れていた。
大江健三郎 草むしり仔撃ち
その瞼へ濃いまつげの影が葉の影や草の影のように青んで広がっていた。
三島由紀夫 花盛りの森
石の配置のうつくしい庭じゅうに、木々の影が更紗のようにざわめいていた。
色彩
泉鏡花 高野聖
道と空との間に唯一人我ばかり、凡そ正午と覚しい極熱の太陽の色も白いほどに冴え返った光線を、深々と戴いた一重の檜笠に凌いで
遠藤周作 海と毒薬
陽がカッと路に照りつづけている。
小川洋子 冷めない紅茶
(熱帯魚の体の)赤色や青色が、絵の具のチューブから絞り出したままの鮮やかさで浮かび上がる。
五木寛之 夜の斧
曇天の下、蒼黒い山肌を葉脈のようにくっきりと雪でいろどる時、医王山は思いがけない威圧感を示すのだった。
太宰治 列車
列車は雨ですっかり濡れて、黝(あおぐろ)く光っていた。
夏目漱石 坊ちゃん
山あらしの鼻にいたっては、むらさき色に膨張して、ほったら中からうみが出そうに見える。
まとめ
一冊こういった本があると、表現に広がりが出るし、「いつかこんな描写も使ってみよう!」という意欲も湧く。
また、作家ごとの癖を味わえ、「この人なら、いかにもこんなこと書きそうだな」などと思いを巡らせる面白みもあり、辞典ながら、ついつい読みふけってしまう。
日頃何かを書いている方にお勧めしたい、名リファレンスだ。