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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 44

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 44

 由加里は岩倉の話を聞いて、思わず夢でも見ているのかと疑った。
「矢口くんが、まさか……。本当なんですか? それに、どうしてそんなことを、教えてくださるんですか?」
 岩倉は硬い表情でうなずいた。
「どうしても、黙っていられなくなりました。こんなやり方、異常ですから」
「わかりました。……少々、失礼します」
 由加里は岩倉に頭を下げて、エレベーターホールの方へ戻った。
 携帯電話を手に取り、佐川へと発信した。
 もし矢口が出社していたら、詰問されているかも知れない。
 すでに決定的な事態となっており、矢口は会社を去ったかも知れない。
 そうなれば手遅れだ。
 由加里は焦った。
 早く伝えなければ。
 矢口は犯人ではない。それどころか、会社を救うための鍵だった。
 矢口が辞めたら、『エビデンス』は失われる。


 佐川は安原の視線を感じた。
 『早く裏切り者を追い出してくださいよ』とでも言いたげだった。
 加藤は目を細めて、苦々しげな表情をしていた。
 矢口は少し前かがみで腕を組んでいた。――まるで、佐川が決断を下すのを待ち構えているようだった。
 佐川はGRシステムの社員たちが見守る中、意見を決めた。
 やはり矢口を信じることはできない。
 矢口には、一連のセキュリティ事故の嫌疑がかかっていた。
 そこで佐川は話しかけた。
「矢口くん。いいか……」
 そのときだった。
 デスクの片隅で、佐川のスマートフォンが鳴った。

 発信元だけ確認しようと視線をやった。
 由加里からだった。
 こんなときに、なんの用事なのだろう。
 よほど重要な用件でもあるのか。
 佐川は迷ったものの、電話を無視することにした。

 それからふと佐川が周囲を見ると、物言いたげな加藤の顔が目についた。
 佐川はふと、矢口の来歴の話を思い出した。
 定食屋で加藤が教えてくれたあの話だ。
 矢口が貧しく不遇な少年時代を過ごしたこと。
 中学生のとき、財布泥棒と間違えられて学校を追いやられたこと。
(いや、そんなことは関係ない。……誰にだって、過去くらいある)

 そこで、加藤の声がした。
「矢口さんは、アタックを防ごうとされてましたよ」
 普段は無口な加藤が突然語りだしたことに、佐川は驚いた。
 安原は言い返した。
「なに言ってんだよ!」
 加藤は続けた。
「……矢口さん、はじめのアタックのあと、プログラムの対応が甘い、って言ってました。そして、その通りでした。カード情報が盗られた訳ですから」
 安原は下を向いた。
「そ、そりゃ、まあな」
「矢口さんは真剣に、2次的な被害を防ごうとしていたように思います。……まあ、そこまで献身的ではなかったとしても。やられていた対策は、きちんとしたものです。コミットの内容を見ても。……それに」
 加藤は口ごもりつつ、思い切ったように続けた。
「実はこれまで、矢口さんのPCからどういう通信がされているか、キャプチャしていたんです。そのログ内容を見ても、おかしな痕跡はありませんでした。……少なくとも、会社のPCからは、破壊工作などはされていません」
 矢口は加藤を睨んだ。
「気持ち悪いことしますね」
 佐川は加藤の話を聞いて、どうすべきかわからなくなった。

 そのとき、矢口は言った。
「もういいです。よく、わかりましたよ。佐川さんの言いたいことは」
 すると矢口は、ポケットから茶色の封筒を取り出し、佐川のデスクに叩きつけた。
「俺を疑っている。そういうことですね」
 矢口はそう言って、鋭い視線を向けてきた。すると自分の手荷物を持って、出口へと向かっていった。
「佐川さん! いいんですか?」
 と加藤が言った。
 机の上の封筒には、細くひねくれた字で、『退職届』と書かれていた。

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