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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 40

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 40

 午後1時になってもオリモトはやってこなかった。
 まだ見ぬオリモトの姿に、由加里はずっと怯えていた。
 声のイメージからすると、30代以降の不健康な男という感じがしていた。
 老けた安原を想像したが、それよりももっと、背の高い感じもした。
 いや、痩せた背の高い男だろうか。しかしその割に、声が低かった。
 ――そんな具合に、由加里は邪推し続けた。本来は1人のオリモトが、何人にもなって責め立ててきた。

 その後、由加里はトイレへ行くことにした。
 疲れて重くなった膝に手を載せ、立ち上がった。手はかさつき、マニキュアが剥がれていた。
 廊下を進む由加里は、ミーティングルームの前を通りかかった。
 そこには小さな磨りガラスの窓があり、薄っすらと人影が見えた。
 そのとき、聞き慣れた声がした。

「もう、止めませんか」
 と言ったのは、岩倉のようだ。
 浦谷らしき声が、それに答えた。
「おい、いまは、そのことはいいだろ」
 その声は小さく、ひそめられていた。
「社長、やっぱり、どうも私は……」
 と、岩倉は口ごもった。
「なに言ってんだ岩倉。あと少しだぞ。しっかりしろって」
「は、はあ」
 そのとき、浦谷の鋭い声がした。
「……おい、誰だ? そこにいるの」
 部屋の中で、どちらかが立ち上がる気配がした。
 由加里は驚いて、足早に立ち去った。
 背後でミーティングルームのドアが開く音がした。
 由加里はすでに角を曲がり、死角に入っていた。
 機密性の高い話をしていたのだろうか。
 それとも、こんな大変なときだから、すれ違いがあるのだろうか。
 由加里はそんなことを思った。


 それからも由加里はオリモトの来社を待った。
 こないならこないで欲しかった。
 くるなら早くして欲しかった。
 そんな中、1時半になったとき、DNプランニングの女性社員がやってきた。
「オリモト様がいらっしゃいました。応接室にご案内しました」
「わかりました。すぐ参ります」

 由加里は女性社員に導かれ、応接室へと向かった。
 それにしても、オリモトはどんな男なのだろう。
 女性社員に聞きたかったが、『どんな方でしたか?』などと聞ける間柄ではなかった。
 いや、聞いたところでどうしようもない。
 間もなく答えがわかるのだから。
 女性社員はドアの前で立ち止まった。
「こちらです」
 由加里はうなずいて、ドアに手を伸ばした。
 手が汗で濡れていた。震えていた。
 緊張しすぎたのか、頭がくらくらした。
 乾ききった唇を舐めると、唾の臭いが鼻についた。
 由加里は2度、ドアをノックした。
「お待たせいたしました。藤野でございます」
 返事はなかった。
 由加里は右手を伸ばし、冷たいドアノブをひねった。
「失礼いたします」
 そうして、応接室へと足を踏み入れた。

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