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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 23

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 23

「よろしいですか、藤野さん」
 仁科の声で、由加里は目を覚ました。
 DNプランニング社内の小さなミーティングルームで、テーブルに突っ伏して仮眠をとっていたところだ。
 時間は、17時を過ぎていた。
 仁科は言った。
「お休みのところ、すみません。1件、問題がありまして」
 由加里はゆっくりと体を起こした。
 テーブルによだれが垂れていため、ハンカチで急いで拭いた。
 自身の体臭が気になった。――30歳を越えてから、どうも汗の臭いが強くなった気がしていた。
 化粧や髪型の乱れも気になるし、仁科に顔を見られたくなかった。鏡を見る勇気もなかった。
 由加里は言った。
「どうしたの?」
「ええ。自分が先ほどまで対応していた、オリモト様とおっしゃる男性なんですが」
 由加里は意外に思った。
 仁科が対応に困るというからには、よほどの相手ということになる。
「オリモト様?」
「はい。その方はどうやら、コンピューターが乗っ取られた、ということなんです」
「コンピューターが乗っ取られた?」
「そうです。今朝がた、あるメールが送信されてきたようで……。知らない女性からのメールで、添付画像がついていたようです。そこでオリモト様が添付画像を開こうとしたようですが、なにも起こらず」
「それは、ヤバいやつね……」
「はい。どうやら、遠隔操作型のウイルスに感染したようです。そこから勝手に、マシン内のアドレス帳を使いウイルスメールを送信されていたようです。――それで、オリモト様はかなりお怒りで……。責任者を出せ、と。その一点張りでして」
 由加里はため息をついた。
 案件責任者として、当然の役回りだ。
 対応するしかない。
「わかった。わたしがやるわね」
 そのときちょうど、緑川が部屋に入ってきた。
「あ、お2人とも。おつかれさまです。良かったらどうですか?」
 緑川はコンビニの袋をテーブルに置いて、肉まんや飲み物を取り出した。
 由加里は言った。
「ありがと。あとで頂くわ。とりあえず、1件急ぎの案件があって……」
「大丈夫ですか? どうされたんですか?」
 と聞く緑川に、由加里は事情を説明した。
「なるほど……。オリモトさんには申し訳ないですが、えらい厄介そうですね。だいたい、情報漏洩との因果関係もあるかわかりませんが……。差し出がましいようですが、わたしやりましょか? 慣れてるんで」
 由加里は、トイレで聞いた緑川の泣き声を思い出した。
「ありがと。でも、これ以上はあなたに負担をかけたくないの。……やるわ。自分で」
「先輩、無理せんようにしてくださいね」
「ええ」
 そう言って、由加里は会社支給の携帯を取り出すと、仁科に聞いた番号へ電話をかけた。
 コール音が続いた。
「はい、どちらさまで?」
 と出たのは、もったりとした男性の声だった。
「突然のお電話、まことに恐れ入ります。わたくし、オールチケットオンラインの藤野と申します。こちら、オリモト様のお電話で、間違いございませんでしょうか」
「はい……」
「このたびの事故で、大変なご迷惑をおかけしたこと、スタッフ一同、陳謝いたします。申し訳ございませんでした」
「うん……」
「先ほど対応させていただいたスタッフより、わたくしの方で仔細を承りました。……」
 由加里は事実関係の確認をした。
 およそ把握していた通りだった。
 オリモトは言った。
「あのね、もう大変な被害だったんですよ。知人から、アンタんとこからウイルスきてるよ、って言われて。必死に謝りましたよ」
「左様でございますか。大変申し訳ございません」
「それで済まされるんですか? こっちはね、パソコン再インストールしてるんですよ。忙しいのに、なんでこんなことを……」
「恐縮でございます」
「……で、おたくらは、どうしてくれるの? ただじゃすまないよ、これ。それなりに誠意を見せてもらわないと」
「はい。補償のお話ですね。その件につきましては、方針が決まり次第、サイトでの告知、またはメールにて、ご案内させていただきます」
「メールもサイトも、セットアップ終わらねえと見れねえよ!」
「申し訳ございません。それでは、個別にお電話させていただきます」
「また、なんかあったら電話するよ」
 それで電話が切られた。
 仁科は言った。
「おつかれさまです。ありがとうございます」
 緑川は心配そうな表情をしていた。
「大丈夫です、先輩。みんなでやりましょう」

 その後、2回目のサイト告知をした。
 OCOのサイト上で、はじめよりも詳細な事故の報告をしたのだ。
 同じ内容を会員向けにメール配信した。
 その告知には、サポート電話窓口の対応時間も明記してあった。
 午前10時から午後6時まで。
 つまり、午後6時には、由加里たちが電話番から解放されることを意味していた。

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