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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 21

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 21

 午前11時を過ぎる頃、佐川は席を立った。
 近くのローソンに飲み物でも買いに行こうと思ったのだ。
 オフィスを出ようと歩いて行くと、総務の宇佐が近づいてきた。
 ともすると高校生にも見える小柄な宇佐は、いつものようにおどおどと話しかけてきた。
「あの、おつかれさまです。……ほんと、大変でしたね」
「ああ。ありがと。まあ、なんとかやってるよ」
「そうですか……」
 と、言い淀んだあと、宇佐は続けた。
「その……由加里先輩は、大丈夫そうですか?」
 佐川は、由加里と宇佐の仲がよいことを思い出した。
 なにかにつけ由加里は宇佐を気にかけていたし、宇佐も由加里を慕っていた。
「かなり大変みたいだけど、仁科くんたちがフォローに行ってくれたんだ。それで、ちょっとは休めるんじゃないかな」
 佐川は思わず、宇佐の小動物じみた顔に見とれた。薄い唇にリップクリームが光り、ブラウスは細い肩を透かしていた。
「そうですか……。それなら」
 と、つぶやく宇佐は、ふと口をつぐんだ。
 そのとき、矢口が隣を横切り、オフィスを出て行った。トイレにでも行くのだろう。
 宇佐の視線は矢口を追っていた。
「どうしたの? 急に黙って」
「いえ。……なんでもないです」
 気になった佐川は、宇佐をオフィスの隅に手招きし、声をひそめて尋ねた。
「なにか矢口くんのことで、トラブルでもあるの?」
「いえ」
「僕はちょっと、矢口くんのことが気になっていてね。もし、なにか知っていることがあったら、教えて欲しいんだけど」
 すると、宇佐は考え込むようにうつむいた。
「すみません。わたしは、なにも……」

 

 佐川は安原と加藤を連れて銭湯にきていた。
 会社の近くにある、露天風呂のある広めの銭湯だ。
 仕事については同僚のエンジニアたちが引き継いでくれたため、徹夜組は休憩することになったのだ。

 佐川は露天風呂の中で、ぼんやりと空を見上げた。
 これほどの事故が起きても、空は青い。
 そんな当たり前のことに、ほっとさせられた。
 安原は両手を上に伸ばして、目を細めて言った。
「やっと、ひといきできますね。死ぬかと思いましたよ。ぐわー、気持ちいい……。ちびるわ、マジ」
 加藤は静かに両手を揉みほぐしていた。
 佐川は言った。
「いや、ホント、ありがとう。2人とも自分の仕事があるだろうに……」
 安原は言った。
「矢口のクソヤローには参りましたけどね。まあ、困ったときはお互い様ですよ」
 加藤はうんうん、と頷いていた。
 佐川は再び空へ目をやった。
 目を閉じると青空が薄っすらと残った。
 白い雲は血管の赤と重なり、暗く溶けていった。
 そのまま全身もろとも、溶けて消えてしまいたかった。

 しばらくしてから3人は湯を上がり、食堂へ行った。
 佐川は鉄火丼を、安原は唐揚げ定食を、加藤はオムライスを注文した。
 テレビでは、主婦向けの刑事ドラマが流れていた。
 食事のとき、唐揚げを頬張る安原が言った。
「佐川さんの考えてること、わかりますよ」
「えっ? なんの話?」
「矢口のこと、疑ってるでしょ」
「いや、まあ……」
「ところで、知ってます? 佐川さん……。あいつね、藤野さんに告白したらしいですよ」
「え?」
 佐川は箸を置いて安原の顔を見た。
「ウワサ話なんで、詳しくはわからないですけど。――あいつ、もちろん振られて、恨みに思ってるみたいです。そんで矢口のクソは、セキュリティの知識を駆使して、今回の……」
「憶測は止めようよ、安原くん。とんでもないことを言ってるね」
 安原は味噌汁をすすってから言った。
「いや、それを考えてるのは、佐川さんでしょ」

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