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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 20

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 20

 大島は桑部弁護士事務所で、浦谷からの電話を取った。
「はい、大島でございます」
「お世話になります。浦谷です。いま、よろしいでしょうか? ひとつ、ご報告がありまして……」
「は、はい。なんでしょうか?」
「どうも。ご報告というのは、エンドユーザーへの補償の件です。役員会議で議論しているのですが、やはりユーザーに金券――Megaカードあたりを配布しないと収拾がつかないのでは、ということになっております」
 Megaカードとは、贈答用の一般的なプリペイドカードで、全国のコンビニや量販店で利用できるものだ。
「そ、そうですか」
「そうです。そんなわけで、500円、1人あたりに配ります」
「なるほど」
「このたびお電話したのはこのことでして。つまり、配布する金券の購入費用、郵送費用、その他諸々、御社に持っていただきたいと思いまして。うちも、保険みたいなものは入っておりませんのでね。やむを得ません。……そんなわけで、です。早めにお伝えした方が、お互いのためですからね」
「ご連絡ありがとうございます。費用負担については、恐縮ながら、即答いたしかねます。御社の判断で実施ください」
「……まるで、うちが勝手に事故を起こして、勝手に補償を実施しようとしているような言い方ですね」
「いえ、とんでもない」
「それでは、今回の責任は認められるのですね?」
「お騒がせして、申し訳ございません」
「それは、なにについての謝罪ですか?」
 浦谷のネチネチとした追求は続いた。
 大島は怯えていた。
 声が震えないように注意しながら、万引きを咎められた生徒のように答え続けた。
 浦谷は言った。
「金をバラ撒かずに事態を収拾する方法があれば別ですが。そうでなければ、必ずお支払いただきます。――また、この件については、明日に告知します。会社のイメージダウンを避けるため、先手を打っていきます」
「明日の告知ですか? Megaカードを配ることを? ちょっと待ってください。そんな大きなことを……」
「大島さん。あなた、いま、御社の判断で実施ください、って言ったじゃないですか。それじゃ、そういうことですので」
 電話が切られた。
 大島は電話が終わったあと、うつむいて歯ぎしりした。
(このままだと、最低でも5,000万円以上の支払いか。なにか、方法はないのか……。うちの責任とはいえ、あまりに厳しい……)
 事実、GRシステムにそこまでの支払い能力はなかった。20人や30人で回している中小システム会社に、5,000万円をポンと出せる余裕など、あるわけがないのだ。
 担保にしている大島の個人資産を含めても、捻出するのは厳しい。
 あまつさえ、もし裁判になればその費用もかかる。
 ふと顔を上げると、桑部の顔が見えた。
 桑部は金色のジッポライターを操って、セブンスターに火を着けた。
 ライターの蓋が閉じると、キーン、と金属音が響いた。
「ひどい顔ですな。世界の終わりのような」
「当たり前でしょう。もう、どうしたらいいのか、私には……」
「人事を尽くして天命を待つ、ですよ」
「はあ……」
「苦しいときこそ、手足を動かして、ひたすら登ります。どんな登山道も、山頂に続きますからね」
 そう言って、桑部は煙を吐いた。
「いやもう、まったく、桑部さんの半分でも、余裕が欲しいですよ」
「常に道はあります。問題はそれに、気付くかどうかですよ。大島さん。――なにせ、諦めないことです」
「なるほど……。ああ、そろそろ、次がありますので、失礼しますよ。このあと、銀行にアポがありまして」
 桑部の眉が動いた。
「たしか、星山銀行でしたね」
「はい」
「以前の地銀の方は、もう止めちゃったんですか」
「そうですね。あの星山銀行さんが付いてくれれば、まあ大丈夫かな、と」
 星山銀行は国内有数のメガバンクで、渋谷に支店があった。
 GRシステムを創業して7年目、業績が安定しはじめてから、星山銀行から声がかかったのだ。
「大きな所は、決断が早いですよ」
「そうですか」
 こうして大島は事務所を出た。
 大島はまだ、桑部の言葉の意味を理解していなかった。

 11時頃、大島は星山銀行の相談室で、担当の尾崎と話をしていた。2人が座る黒革のソファは、使い込まれているのに見事な艶を保っていた。荘重なガラスの灰皿がテーブルに置かれ、まぶしく輝いていた。
 尾崎は言った。
「だいたい、お話はわかりました。今回の事故を補填するため、資金が必要になる、ということですね」
「はい、その通りです……。すぐに、とはならないと思いますが、数ヶ月以内に、大きな支払いが発生する可能性があります。およそ、5,000万円から、1億円を想定しております……。そこでなんとか、星山銀行さんの、いや、尾崎さんの力をお借りしたく……」
 尾崎はしばらく考え込んでから、大きくうなずいた。
「大島社長。わかりました。いままでのお支払い実績と、会社の将来性を加味して、通せるように努力いたします」
「本当ですか?」
「ええ。御社のソフトウェアに関する知的資産、並びに会社としての信頼性は、高く評価させて頂いております。とにかく、尽力いたします。――おそらく、お力になれると思います」
「ありがとうございます!」
 大島は頭を下げた。
 顔を上げたとき、相談室の窓からカラスの鳴き声が聞こえてきた。
 どうもその鳴き声が、耳についた。
 ふいに、大島は臆病な気持ちに襲われた。
 自分の命が、崩れそうな城の頂点で揺れている錯覚に陥った。
 遠くから眺めてくる家族は、大島の城がどんなものか、興味を持っていない。
 城の兵士たちは、崩れる城から逃げていく。
 しかし、大島自身は逃げることができない。
 大島は痛いほどの孤独を覚えた。
 大島は星山銀行を出て、会社に向かった。
 社員の顔を見たくなった。

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