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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 19

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 19

 由加里は1本のクレーム対応を終えた。
「――まことに申し訳ありませんでした。それでは、失礼いたします」
 そう言って、汗と油でべとべとの受話器を置いた。
 由加里と緑川の2人で電話対応をしており、後ろの椅子で、小笠原が休憩がてら待機していた。
 緑川は電話対応中だった。それも、なかなか厄介な相手らしい。
 ときおり相手の声が受話器から漏れてきた。
『だから、おたくのセキュリティ、どうなってるんですか? ホント気持ち悪いんですよ! 悪人に電話番号や住所とか知られるのは……』
 緑川の横顔は青ざめ、唇は乾いていた。声もカサカサになっていた。
 緑川は長く謝っていた。
 しばらくすると、やっと電話が終わった。
 受話器を置くと、緑川は由加里の方を見て、意外なほど陽気に言った。
「しかし、さっきのお客さん、えらい剣幕でしたわぁ。脳血管切れないか、心配なりましたよ」
 と、ペットボトルのウーロン茶を1口飲んだ。
 由加里は言った。
「そうみたいね……。しかし、すごいスタミナね、緑川さん」
「いやぁ、こんなん、慣れとノリですよ」
 と言う緑川は、ふいに立ち上がった。
「さて、このチャンスに行ってきます。……もうずっと我慢してて」
 すると、背後から小笠原の声がした。
「おっと、それじゃ、替わりましょうかね」
 小笠原が立ち上がった。
「オガさん、おおきに!」
 緑川は足早にトイレへ向かった。
 そのあと、由加里と小笠原でしばらく電話を受けた。
 由加里はめまいをこらえつつ、2本のクレーム対応をした。
 そこで、由加里は立ち上がった。
「小笠原さん。わたしも、……ちょっと行ってきます。あの娘が戻ってきてからの方がよさそうですけど」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞ。我慢はお体にアレですから」
 由加里はトイレに向かった。
(それにしても、あの娘、遅いわね。寝ちゃってるのかも)

 女性用トイレの扉をそっと開けると、一番奥の個室が閉まっていた。
 由加里はおそるおそる、その個室へと近づいていった。
 すると、小さな、すすり泣く声が聞こえてきた。
「いやや……。もういややぁ。堪忍したってぇ……」
 由加里はゆっくりと後ずさり、一番離れた個室に入った。

 由加里が席に戻ると、緑川と小笠原が電話対応をしていた。

 そのとき、岩倉が奥の席から近づいてきた。
「ちょっと、藤野さん。2人抜けるのは困りますよ。クレーム電話に対応できないと、折り返しになりますからね! それでお客様対応が、後手に周っていくんですよ。ご不安だと思いますよ、待たされるのは」
「申し訳ございません……」
 由加里は頭を下げた。
「気をつけてください」
 そう言って、岩倉は席に戻った。
 逃げ出したい気持ちを堪え、由加里は待機用の椅子に近づいた。
(やらなきゃ。ちょっとだけ休んで、交代しなきゃ。いま、誠意をもってやれば、きっとなんとかなる……)
 由加里はそんなことを考えた。彼女らしい、義務感に従順な妄想だった。


 由加里は足を踏み出した。そのはずなのに、急に天井が見えた。
 体が軽くなり、後ろへと引っ張られた。
 そうして気を失いかけたとき、空中で、誰かの腕に抱きとめられた。
 由加里はふと、他界した父親のことを思い出した。
「藤野さん! 大丈夫ですか?」
 と、腕は言った。
「ごめんなさい。申し訳ありません」
 なぜか、由加里の口から謝罪の言葉が出てきた。謝罪のパンチドランカーみたいな状態だった。
「なに言ってるんですか? ちょっと、休んでてください! ヘルプ連れてきたんで。小笠原さんも、緑川も、電話終わったら、自分らと変わってもらいますから」
 由加里の目に、仁科とその後輩、阿部の姿が見えた。

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