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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 13

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 13

 3時48分。
 由加里はDNプランニングのオフィスで、緑川と小笠原の背中を見守っていた。
 個人情報漏洩のクレーム窓口として、由加里たちに2つのデスクが確保された。由加里から見て左に緑川、右に小笠原が座っていた。
 デスクにはそれぞれ電話機と、持参したノートパソコンが置かれていた。
 由加里は2人の後ろに座り、サポートする準備をしていた。
 2人で電話応対、1人が休憩兼サポート役、という布陣だった。
「ここの社員になったみたいですね」
 と、緑川は言った。「そうですねえ」と、小笠原が応じた。ある意味で、息の合った2人だった。
 オフィスには50程度の席があったが、閑散としていた。
 DNプランニングの社員は、岩倉だけだった。
 岩倉は少し離れた自席で、ディスプレイに向かって作業をしているようだった。告知ページの最終チェックか。あるいは、警察に届け出るための準備があるのだろうか。
 窓は結露し、ときどき風に揺れた。
 エアコンの暖房をフル稼働させているにも関わらず、底冷えしていた。
 夜は凍っていった。
 由加里はふと、7時間前の自分を思い出した。行きつけのバー『フル・ムーン』で飲んでいたはずだ。いまでは別世界だ。マスターはアイスボールを削っていた。
 そのうち由加里の脳裏に、巨大なアイスボールに押しつぶされるというイメージが、怖いほど鮮明に浮かんできた。
 壁時計の秒針が最後の周回をはじめた。
 あと30秒で4時になるというとき、チャットにメッセージが入った。

《仁科》告知ページ、4時ちょうどに公開します。

 由加里は、『お願いします』と返した。

 4時ちょうどから電話が殺到する、ということはなかった。
 緑川は緊張したように背を伸ばした。
 小笠原は相変わらずマイペースに構えていた。

 はじめの電話は4時18分に鳴った。
 遠くの席から、岩倉が眺めてきた。
 緑川は受話器を取り、それを左肩と左耳で挟むと、両手をキーボードに添えた。
「お電話ありがとうございます。こちらは、DNプランニング、緑川でございます」
 流れるような声のトーンに由加里は感心した。
 受話器の向こうから声が漏れてきた。
『どうなってんの、これ! ホームページ見たんだけど。個人情報が漏れたって。なめてんのかコラ!』
 由加里は耳を塞ぎたくなった。
 しかし緑川は淡々と、それでいて十分な感情を込めて対応していた。
「お客様、このたびは、まことに申し訳ございませんでした。……はい。……はい。左様でございますか。……申し訳ございません」
『大変なことですよ! これは』
「ごもっともでございます。申し訳ございません。……はい。補償に関しましては、追ってホームページ、およびメール配信にてご連絡させて頂きます。……申し訳ございません。はい。……はい。左様でございますか。恐縮でございます。……それでは、失礼いたします」
 やがて、緑川は受話器を置いて、振り返ってきた。
「クレーム担当には、こういうのばっかり回ってきたわけですよ。なんや、懐かしいくらいで」
 と、緑川は余裕を見せていた。
 由加里は言った。
「わたしはとても、緑川さんみたいにはできないわ……。いや、ホントさすがね」
 緑川は嬉しそうに頭を掻いた。
「でもまあ、普通の仕事の方がいいですよ」
 そう言って、緑川はデスクに向かった。
 10分ほどしてから鳴った次の電話は、小笠原が対応した。
「……なるほど。それはそれは、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしまして……」
 彼は彼で、独特の間で電話をいなしていった。
 電話の本数自体はまだ少なく、20分に1本くらいのものだった。
 ときに、自分が漏洩対象者かどうかを尋ねる問い合わせがきた。
 はじめは会員IDを聞いて、随時チャットで調べてもらった。それも効率が悪いため、佐川がエクセルのリストを送ってきてくれた。それを見ることで、会員IDを元に漏洩対象者かを判断できるようになった。
 自分の個人情報を問い合わせてくる者もいた。そういう場合は、由加里たちの方から個人情報を明かすことはしなかった。相手が言った個人情報が正しかった場合に、正しいことのみを伝えた。
 そんな具合に、少しずつ応答がパターン化していった。
 たまにくる厄介な電話は、由加里が上司の役で対応した。
 そんな中、岩倉が仏頂面で近づいてきた。
「いかがですか、問い合わせは」
 由加里は言った。
「少しずつですね。日が昇れば、もっと増えると思いますが……」
「そうですか。ユーザーさんたち、不安でいっぱいだと思います。しっかり対応差し上げてください」
「はい。承知しております」
「おたくら、3人で足りるんですか? 忙しくなってから、力尽きて倒れた、とか勘弁してくださいよ」
「はい。注意いたします。増員も検討しております」
「ところで、矢口さんは、待機されてるんですか?」
 岩倉は、なぜか矢口のことを聞いてきた。

「矢口、ですか。いえ、矢口は、本日は……」
「いえ、いいです。それじゃ、私は少し休ませて頂きます。しっかり頼みますよ」
 岩倉は歩いていった。
 そんな具合に、予行演習は続いた。

 5時をまわった頃、ふいに、チャットにメッセージが入った。

《佐川》アタック再開された模様。現状、サービスに影響はありません」。これより対処します
《安原》技術、チャンネル分け
《安原》ます。何かあれば共有しまsす

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