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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 08

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 08

 23時になろうとしていた。
 由加里は客先での打合せの準備に奔走していた。
 24時にはDNプランニングへ到着しなければならない。
 手帳には、決戦に挑むための準備事項が書き連ねてあった。

 ・事故報告書作成(佐川)
 ・二次被害防止(佐川)
 ・該当プログラム修正(佐川)
 ・その他プログラムチェック(佐川)
 ・電話窓口準備(仁科)
 ・契約書類整理(仁科)
 ・対応人員打診(仁科)
 ・クレーム回答リスト(仁科)
 ・OCO上のサイト告知用意(仁科)
 ・社長と意識合わせ(藤野)
 ・警察への届け出(DN)
 ・エンドユーザーへの補償(DN)
 ・サイト閉鎖の判断(DN)
 …………

 

 ほとんど佐川と仁科に任せっきりだ。
 しかし、彼ら2人なら頼れる気がした。
 結局、最後に信用できるのはタフネスとスピードでしかなかった。
 ひとまず佐川の報告書が欲しかった。それが全ての起点となる。
 由加里はミーティングルームを出て、佐川の席へと向かった。
 エンジニアが固まる一画は、いつになく殺気立っていた。
 普段は温厚な加藤ですら、険しい顔でキーボードを叩き、白い文字の踊る黒いディスプレイに向かっていた。
 安原は独り言をつぶやきながら、おそらくプログラムのチェックなどをしていた。
 佐川はワードを使って、報告書を書いていた。
 由加里の記憶で佐川は、いつもなにかの報告書を書いていた。
 バグがあった。サーバが停止した。開発スケジュールが遅れた。そんなことがあるたび、佐川は見事な報告書を書いた。
 由加里は尋ねた。
「どう?」
 佐川は無反応だ。
 彼が集中しているとき、大抵こうなる。
 となれば、これ以上声をかけてもマイナスにしかならない。
 とはいえ、タイムリミットは近づいていた。
 残り10分ほどで出立しないと、24時からの先方オフィスでの会議に間に合わない。
 由加里はオフィスの入り口側にある、ウォーターサーバの方へ行き、水を飲んだ。
 化粧がひどいことになっていそうだ。
 しかし、直す余裕などない。
 23時22分。いよいよ出なければいけない時間だ。
 そのとき、プリンタが動き出した。
「藤野さん。いま出すから、持って行きましょう。10部出します。直しは移動しながら、手書きで」
「ありがと、そうしましょう」
 そのとき、書類を整理していた仁科が、紙の束を持って近づいてきた。
「もう時間ですね。これは、いままでに交わした、契約書もろもろです。保守契約書、基本契約書、案件単位のものや覚書もあります。自分の見たところは、情報漏洩事故発生時について言及している箇所はありませんでしたが」
 そう言って仁科は、文書をクリアファイルに入れて渡してくれた。
「助かるわ」
 由加里は受け取った。
 仁科は言った。
「引き続き、自分の方ではもろもろの準備をやっていきます。チャット、立ち上げておいてください」
 今回のやり取りのために立ち上げた、情報共有用のチャットのことだ。
「なにかあったら、依頼させてもらうわね。よろしく」
「ええ」
 いよいよ出なければならない時間になったとき、オフィスに大島が入ってきた。
 深刻そうな表情をしていた。
 由加里は歩きながら言った。
「待ってましたよ! さあ、もう行かないと。契約書類と報告書はプリントしてあります。細かなことは移動しながら説明します。あ、タクシーを待たせてますので……」
 由加里はオフィスのドアに手をかけた。すぐ後ろに佐川がいた。佐川はスーツ姿にノートパソコン用のショルダーバッグを肩にかけていた。
 佐川の向こうで、大島は立ちつくしていた。
 由加里は言った。
「早く行きますよ。どうされたんですか?」
 大島は言った。
「藤野、佐川。すまないが、俺は行けない」
「え? 先方からの指定で、社長も、って」
「わかってる。しかし、俺は行かない」
「時間がないんですよ……。早く!」
 そこに、佐川が割って入ってきた。
「大島さんの考えがあってのことですよ。行きましょう。藤野さん」
 そう言って、佐川は先にオフィスを出て、手招きしてきた。
「どうして……」
 由加里は口ごもりながら大島を一瞥した。やがてあきらめて佐川を追った。

 佐川は言った。
「大島さん……いえ、社長は、これからウチが不利にならないように立ち回らないといけない。たぶん、そういうことです」

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