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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

人工知能と人類 - 「科学と宗教の接点」から見る未来の思想

人工知能と人類 - 「科学と宗教の接点」から見る未来の思想

今まで人類が追求してきた科学技術は、ついに人工知能の完成を目前に控えるところまできた。

いずれシンギュラリティを迎えると、人間の生活は大変革を迎えるだろう。

そんな中、未来の技術や未来の生活といった、物理的な面についての予測は飛びかっているのに、人間の心が変革をどのように受け止めるのかは、あまり話題にされていない。

そこで、ポスト・シンギュラリティ時代について人間の心の面から考察してみたいと思う

 

目次

宗教と科学の接点

19世紀の哲学者ニーチェは、合理主義化した生活の虚無の中で、「神は死んだ」と言った。しかし、実際のところ神は「合理主義」「科学」「西洋哲学」の中に潜んで生き延びてきた

そう、西洋の科学や思想は、キリスト教を否定するどころか、キリスト教をベースに組み立てられてきたのだ。
そこで紹介したい書籍がある。 心理学者の河合隼雄が著した『宗教と科学の接点』だ。

本書において河合氏は、 「合理主義に基づいた科学や思想は、キリスト教の延長線上に位置する」といったことを指摘している。

通常は科学技術と宗教は真逆の方向を向いているように思えるのだが、実は科学技術と宗教は兄弟のような関係だというのだ。 そこで、宗教と諸学問の関連性を物語る具体例をいくつか挙げてみる。

ニュートンは最後の魔術師?

微積分法やニュートン力学を発見したアイザック・ニュートンは、近代科学の父として有名だ。

その一方で、彼はキリスト教の研究に打ち込み、錬金術によって賢者の石やエリクサーを作ろうとしていた

そういう意味で、ニュートンは科学によって神を殺そうとしたのではなく、科学によって神の力を確認し、近づこうとしていたのだと言える。

よって、ニュートンは最初の科学者であり、最後の魔術師でもあるのだ。

デカルトは人間主体?

フランスの哲学者デカルトは、自我の存在について、「コギト・エルゴ・スム(我思う、ゆえに我あり)」という言葉で表現した。

これは、以下のような論法になっている。

  • この世の中の全ては、考え方や見方でどうとでも解釈が変わる
  • 見間違いや錯覚を考えると、確固とした存在は何一つないのでは?
  • だとしたら、このように思案を巡らせる主体とはなんだろう?
  • そうか、この自我こそは、疑いようのない実存なのではないか!

こうして心身二元論の哲学が生まれたのだが、同時に、心や魂を持つのは人間だけだという、キリスト教的な選別がされている。

ダーウィンの進化論は神話的?

ダーウィンが発表した「種の起源」の中では、進化論が説かれている。

この進化論は現在の生物学では主流となっているが、「ミッシングリンク」の問題などで、批判する声もある。

また、キリスト教の創造論を否定するものとして、異端として扱われてきた。

しかし、「進化論」というひとつの法則を打ち立て、その法則(因果律)によって全てを説明しようとする姿勢自体が、キリスト教などの一神教的な考え方と重なっている。

ダーウィンの進化論のみならず、反キリスト教的だとされる諸科学や諸哲学も、根底には因果律的な思想があることが多い。

フロイトの精神分析はキリスト教的?

心理学の父とされるフロイトは、人間の深層心理を追究し、エゴやイドなどの概念を提唱した。 しかし、人間の心を掘り下げるフロイトを、キリスト教は異端としてみなした。

とはいえ、「人間の心の中では生の欲求と死の欲求が対立している(神と悪魔の対立)」「精神病を治すには、病根となる問題を探して、それを治療しなければならない(罪と浄化)」というフロイトの考え方には、キリスト教的な二元論が存在する。

科学の限界

このように近代の諸学問は、キリスト教の直接的な影響を受けていたと同時に、因果律と対立を前提にするという、間接的な影響も受けていたということになる。

だからこそ、キリスト教と科学技術のタッグは、人類が前進するための最強の布陣だったとも言える。

しかし、光と闇を分断したことで、人間が苦しむことになったのも事実だ。

この苦しみは、科学技術が進歩するほど巨大になっていく

近い未来に人工知能の完成と、それを発端とするシンギュラリティが控えていることを考えると、「物質と心の乖離」の問題を抱えたままでいるのは、肥大化し続ける爆弾を抱えているのと変わらない

量子力学と新しい科学

少々この話題から離れるが、量子力学も興味深い。

量子力学の世界では、「波と粒子の二重性問題」「量子テレポーテーション」「対消滅・対生成」など、従来の科学を超越した現象を対象に、研究がなされている。

量子力学を扱うに当たっては、古典的物理学と同じような因果律は適用できそうもない。 だからこそ、量子力学の研究が進むことで、新しい「科学」が生まれる気がする。

まとめ

今回は、科学と宗教が「一神教的な因果律の思想」によって結びつく同根のものだということを説明した。

科学技術の進歩が極致を迎える未来においては、合理主義に頼ってばかりではいっそう苦しむことになる。

とはいえ今、僕がその問題に対する明確な答えを持っているわけではない。

そんなわけで引き続き、テクノロジーと心の問題について掘り下げていきたいと思っている。

それではまた。

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